スペース

まもなく不惑の女が惑いまくる様を記録する日記。

本はあればあるだけ良いと思っているタチです

今週のお題「本棚の中身」

 

私の親は、欲しいと言った本は全て買ってくれる人だった。本以外のものは、我慢させられたりクリスマスまで待たせられたりしていたが、本だけは、何冊になっても買ってくれた。

そんなわけで、今でも私は本は我慢せずに欲しいだけ買ってしまうところがある。夢は、壁一面を本棚にすることで、今は理想の高さの半分ではあるけれど、窓下のスペースを本棚で埋めている。

その本棚にあるのは、

となっている。映像も本扱いである。なので欲しいと思うと大体買う。

私は、物に愛着が湧いて簡単には捨てられないたちで、見返すことはあんまり無いのに手放せなくて持っているものがほとんどだが、そんな私であっても時折読み返すものをいくつか紹介したい。

 

 

小野不由美の「十二国記シリーズ」。20年くらい前に存在を知ってどハマりし、今でも時々読み返す。なかなか続編が出ず、待って、待って、待っていたら、一昨年かな?ついに続編が刊行され、本屋でもプッシュされていて見たことがある人もいるかも。

ちょうど高校3年生くらいの頃、自分の性格だの今後だのに悩んでいた時期、十二国記シリーズと出会って、自他に真摯でいることや、やるべきことから逃げないことの大切さ、などなどを学んだ。歪んだ反抗期でねじ曲がってしまった根性に対し、一生懸命生きるのも悪くない、生きていれば何とかなる、腐らず自分にできることをやれ、と言われたような気がした。

 

中学生頃から?周りでも大人気だった「こどちゃ」こと「こどものおもちゃ」。大人になって読み返すと、「こんなにヘビーな素材を扱ってたんかい」と愕然とするが、あえてなのかギャグでヘビーさを上手に包み、シリアスとギャグの絶妙なバランスでもって展開されていくストーリーに、本当に夢中になって読んだし、多分、私の価値観や人生観にも大きな影響を与えてくれたと思う。主人公のサナちゃんのように明るく逞しくなりたい、と思ったなぁ。羽山のことが大好きだったなぁ。本自体はだいぶ古くなってしまったけど、一生捨てないと思います。

 

本じゃないけど。全力で歌って踊る脅威の謙虚男(褒めてる)。

 

いつか絶対に壁一面を本棚にして、好きな本や映像で壁を埋め尽くしたい。そのためには引っ越さなきゃな。いつ引っ越せるんだか。

 

自分のいびきに首を絞められている

ここ5年くらいで、いびきがひどくなってきているような気がする。

スマホに目覚ましアプリを入れており、いびきは自動的に録音される。毎朝、起きたらトイレに行き、用を足しながらアプリを開いていびきチェックをするのがここ数年の日課なのだが、自分のいびきがどんどん爆音に近づいてきている。

独身時代は誰に迷惑をかけることもなかった。若かりし頃はよく友達の家に泊まりがけで遊びに行っていたが、「すごく息苦しそうだった」と言われることは多かったものの、いびきを指摘されたことはなかった。しかし、3年前くらいに、旅行で知人と同じ部屋に泊まった時に、初めて指摘を受けた。「お酒飲んだから仕方ないねー」という優しいニュアンスの指摘だったが、人から指摘されるとやはり気になるもので、目覚ましアプリで行ういびきチェックがますます念入りになった。ただ、念入りにチェックしたところでいびきが軽くなるわけでは当然ない。まくらを変えたりなんだりはしてみたが、月日の経過とともにひどくなってきているというわけである。

 

そして去年、人生の一大事、結婚にむけた同棲生活の開始。からの結婚。夫には、付き合いだした当初に、いびきがなかなかひどくなってきていることは自己申告した。夫は寝付くと深い眠りに入れるタイプだそうで「気にしないから大丈夫」と言ってくれていた。一緒の生活を開始しても、そのスタンスはほぼ変わらずでありがたいのだが、流石に毎日一緒に寝ていると、眠りが浅くなったタイミングで私のいびきが聞こえてくることがあるらしい。

あまりにも爆裂ないびきのときは、夫はさりげなく私の腕や肩や足を突っつき、いびきを止めるという手法を取り始めた。こちらも深く寝入っているタイミングに、覚醒しない範囲で突っついてもらえる場合には非常にありがたいが、そうでない場合は普通に目が覚めてしまう。昨日は4回も起こされた。

また、私も「申し訳ない」という意識が高まったせいか、以前よりも自分のいびきで目が覚めることが増えた。昨日はそれで2回は起きた。

朝起きて夫に「ごめん、昨日うるさかったね」と謝ったら、夫は私を起こしたことも忘れていた。もはや無意識レベルで私のいびきを止めにきている。

かたや、こちらはどうだ。外的にも、内的にも、覚醒しやすさが高まってきている。今朝はまじで寝た気がしなかった。

睡眠時無呼吸症候群かどうかは分からないが、このままだと確実に、私は自分のいびきのせいで、睡眠の質が悪化していってしまう。何をどうしたら良いか、大いに悩んでいるところなのだった。

落ち込んだ時に買った本のこと

落ち込んだ時、悩んだ時、ストレスが溜まった時に、お金を使いたくなることがある。なんか、パーっとしたくなるんだろうね。

以前であれば化粧品だの服だのを買うことも多かったが、最近とんと物欲がなく、本に走ることが多い。特に、すぐヨシタケシンスケの絵本やエッセイを買う傾向がある。ヨシタケシンスケ好きです。「もうぬげない」でハマったが、「おしっこちょっぴりもれたろう」が本当に大好きすぎる。他にも何冊か持ってます。集めたい。落ち込んだ時に読み返すとなんだか元気が出ます。

 

今回の五月病では、五月病の症状への対処方法も知りたくて、珍しく自己啓発系の本を電子書籍で購入。

考え方として「なるほどな…」と思うところ、いくつかあり。例えば「生きる世界を自分の身の丈に合わせて小さくする」とか(ニュアンス説明すんの難しい)。私は色々と真面目に考えすぎてしまうというか、ちょっと思考が固くて杓子定規なところがあることは自覚していたんだけど、そのせいで自分の首を絞めていたところもあるのかも、ということに気づくことができたり。多少自分に甘いくらいの方が精神衛生を健康に保てるし、別にそのせいで誰に迷惑をかけるわけではないこと、得意なことを小さな世界の中で発揮できていればよいこと、「世の中は、あなたが思うよりも、もっと遥かにテキトー」という一文に、どこか救われたような気がした。

あとは、作者の、込み入った話を分かりやすく説得力を持たせて説明できる力もすごいな、と思ったり。

今年の目標の一つに「月に1冊は本を読む」というのがあったことを、今更ながら思い出したので、落ち込まなくたって何かしら読んでいきたいなと思う。

朝起きられなくなった

その後、仕事は凪状態で、先週ほどは気持ちはUTUにならず。しかし、朝、起きられない。マジで、朝、起きられない。

天気にも左右されている気がする。最近梅雨の走りで天気が悪い日が多く、そういう日は本当に起きるのがしんどい。

気圧が下がると頭痛が発生しがちで、仕事休むほどではないけど頭の奥に鈍い痛みがある、みたいなことも多い。探しに行くと痛みがある感じ。探さなきゃいいのは分かってるんだけど、ついついふとした瞬間に探しに行ってしまう。

去年、体調不良で有給を使いまくったので、今年は節約のためになるべく休みたくないのだけど、朝になると「休みたい…」という欲望との葛藤。なんなら朝起きて「帰りたい…」とかおもう。

旅行とかレジャーとかの楽しみの予定もなくなってしまい、生活の中での目標を見失ったのも張り合いのなさの原因か…

5月の終わりかけに5月病になりました

急な気力意欲の落ち込み、頭痛、倦怠感。これはもしかして5月病。

異動もあって環境の変化に適応するのに必死だったのと、今月はイベントもいくつかあってそれに集中していたのとで、ゴールデンウイーク明けは割と元気で。しかし、イベントも終わって目標がなくなり、なんだかぷつんと張り詰めていた糸が切れた感じ。

今朝起きたら頭痛がひどく、仕事のアポも特になかったので休暇をもらってしまった。休むのも時に必要だということは分かってるんだけど、休むと、その日の夜ますますしんどくなるんだよな…というわけで、ただいましんどさMAXの真っ最中。

仕事の中でNOを突きつけられる経験を久々にしたのも、5月病発症に響いている気がする。完璧な人間になんてなれないのは分かっているのに、NOを出されるとどうしても引きずってしまう…最大限の努力や勉強をした上でNOを出されるなら「やるだけやった」「仕方ない」と割り切れるのに、そうじゃないと「自分の怠惰のせい」「自分が未熟だったせい」と自分に原因帰属してしまうので、自分を責めてしまうし、周りからもあいつ仕事出来ないって思われてるんじゃないかと卑屈になってしまう。そういうメカニズムは分かってる(つもり)なんだけど、分かったところでどうしたら良いのかが分からず、変わらず。

他人で似たようなことに陥っている人を見たら、「あなたのせいじゃない」「仕方ない」って思えるんだけど、なぜ自分になるとこうなのか…傲慢にならないという点ではいいかもしれないが、完璧になんでもやれる訳もなく、毎回こうやって落ち込んでUTUになるのは精神衛生上あんまり良くないと思うんだけど…。

歯切れ悪く、今日はこれでおしまい。

子どもの頃の「遊び」はあんなにもキラキラわくわくしていたのに

今週のお題「何して遊んだ?」

 

両親共働きだったので、小学校入学後、4年生までは児童館に通っていた。

同じ小学校に通う1年から6年までの子どもが通っていて、放課後は室内で遊んだり外で遊んだり。遊び道具も豊富で、ゴム跳び、長縄、竹馬もあったな。漫画や本も結構あって、「人体の不思議」みたいな本が大好きだった。食べ物がどんな風に体の中で消化されていくのか、冒険みたいに描いた本。最近、そういうテーマのアニメ流行ったよね?

学童保育では、仲良しの女友達と、5人組を作っていつも一緒に遊んでいた。体を動かす遊びもお絵描きも大好きだったし、「宝探し」と言って宝を隠した場所のヒントや地図を学童保育内に散りばめて宝を探す遊びもよくやった。宝を探すのも、隠すのも、どっちも楽しかったな。

「土に生えている草を綺麗に抜く」すらも遊びになっていたあの頃。綺麗に抜けると草の根元が甘い、とか言って、茎から根の近くを皆かじってた。自然がいっぱいの田舎町だったからできた遊びなんだな、と今では分かる。

学年が違う人と遊ぶのも、結構楽しかった記憶。

こうやって思い出して書くだけで、あの時のようなわくわくした気持ちが蘇ってくるのがすごい。たいしたことはしていないはずなのに、毎日友達と遊ぶのが本当に楽しかった。

それが大人になってみるとどうだい。大人の「遊ぶ」とは何だ。飲み会、カラオケ、満喫…コロナ禍でやりにくくなったものも多い。あとは何だ?スマホでゲーム?スマホで動画?私はやらないけどパチンコとか競馬とか?なんだかどんどんテンションが下がっていく。旅行やレジャーは、楽しいけれども、子どもの遊びと対比して語るには大掛かりすぎる。

そう考えるとやっぱり子どもは遊びの天才だ。大人になると、遊ぶのが下手になる。私も子どもだったはずなのに、忘れてしまうもんなんだな。

ジェーン・スー「生きるとか死ぬとか父親とか」を読んだ

ジェーン・スー堀井美香のOVER THE SUN」というポッドキャスト番組にハマったことは以前書いた。

ktkg.hatenablog.com

 

毎日通勤退勤のお供として聞いており、仕事がつらくても「負けへんで!」の精神で何とか乗り切っている。親しみも込めてスーさんとお呼びすることとするが、スーさんのことがもっともっと知りたくなった私は、何冊かの著書を購入。今のところ一番好きだな、と思った、「生きるとか死ぬとか父親とか」を紹介したい。

父親と過ごす時間やあれこれと共に、それにまつわる過去のエピソードをエッセイ的に綴ったこの作品。スーさんの母親が既に亡くなっていることはポッドキャストを聞いていて知っていたが、まさかこんなふうにスーさんが介護していたとは…

両親が同時に病に倒れ、一人っ子のスーさんが介護を背負っていたときの大変さ、ジレンマ、借りたくない手を借りざるを得ない状況に至ったことなど、淡々と記載されているけど心の叫びが聞こえてくるようだった。

父親にフォーカスは当たっているようで、これは家族の物語だった。いわゆるナラティブだ。スーさんが語る家族のストーリー。

ここにくるまで葛藤は大きかっただろうし、今でも葛藤はあるんだろうけど、前よりはほどよい距離感で父親との関係を維持されているようで、スーさんすごいなぁ、大変だったろうなぁ、頑張ったんだろうなぁ、だからこそ今ポッドキャストで語られる内容に深みがあるんだろうなぁ、と思った。

いろんな人の気持ちに寄り添えるスーさん。考察の視点が深く本質的で、でも人を傷つけないよう配慮も欠かさないスーさん。それはこんなバックボーンがあったからなのかな。

まもなく不惑のプレおばさんとしては、スーさんみたいになりたいし、できるんだったらお友達になりたい(無理なのは分かってるけど)!

この本を読んで、そんな気持ちがますます強くなりました。おすすめ。